古本LOGOS 
いわしの読書日記改め、古本屋&ブックカフェ通信

03 February

アエノコトが教えてくれたこと

 能登の冬は突然やってくる。おだやかな晴天が続いた11月初旬のある日、いきなり到来する。雨雲が空を覆い、雷鳴がとどろき、みぞれを降らす。その気象現象を地元では「鰤起こし」と言い、冬の美味をもたらす季節の訪れを告げるのである。
 天候が荒れれば、人は屋内で暖をとる方法を工夫し、火の周囲に人が集まれば、そこには美味いものが集まる。芋や餅を焼き、カニ汁やタラ鍋を煮る。海苔をあぶり、ふろふき大根を炊く・・・。能登の冬入りを実感するのは人によってさまざまだが、私が定義するならアエノコトを挙げたい。
 近年紹介されることが多いのは、十二月五日の「田の神迎え」のアエノコトだろう。ゴテとよばれる裃姿の主人が、目が見えないとされる田の神を自家の田んぼに迎えに出る。鍬で起こし、神を家へと導いて座敷へと招き入れる。湯浴みをすすめ、御膳にのせた馳走振る舞い歓待する。この行事は神社に伝わる秘儀ではない。代々家々に伝わる饗応なので、所作ももてなしの馳走も家ごとに少しずつ異なる。田の神を送り出す日は一般には二月九日とされているが、雪深い山間部では三月まで滞在してもらう家もある。
 農家の担い手が若い世代に受け継がれ、合理化・機械化されていく昨今、アエノコトの意味は実効性ではなく、民俗学的な興味から語られることがほとんどだ。しかし、どの家でも変わらないものはある。季節の移り変わりと共にもたらされる収穫を祝い、来る年の豊作を願う人々の気持ち。そこには、自然に寄り添って生きてきた農家の原点がある。
 時間は直線に進むのではなく、円を描いて繰り返すように生起する。私にとっての冬の到来は十二月五日であり、田の神を送り出す日に冬は終わる。その日を待つことで、冬はむしろ心待ちに思える季節になった。
 「寒さが人の気持ちを暖かくする。遠く離れていることが、人と人の心を近づける。」
 そんな言葉をアラスカについて書かれた書物の中で読んだが、能登の冬にもこの言葉がピタリとあてはまるような気がする。
(「能風爽快(のとのかぜさわやか)No.4・時の歳時記4」能登半島広域観光協会発行に掲載)
23:18:19 - nanamin - No comments - TrackBacks